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東京地方裁判所 昭和36年(行)38号 判決 1963年10月30日

判   決

東京都千代田区神田鍛冶町一丁目二番地

原告

東京電解株式会社

右代表者代表取締役

竹内信弘

右訴訟代理人弁護士

阿南主税

東京都千代田区大手町一丁目七番地

被告

東京国税局長

谷川宏

右指定代理人検事

加藤宏

同法務事務官

久保田衛

同大蔵事務官

立花義男

山本欣六

右当事者間の昭和三六年(行)第三八号青色申告書提出承認取消処分取消等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の昭和三〇年四月一日から昭和三一年三月三一日までの事業年度及び昭和三一年四月一日から昭和三二年三月三一日までの事業年度分各法人税につき、それぞれ昭和三六年三月二八日付で原告の審査請求を棄却し神田税務署長の認定した所得金額を維持した被告の各決定は、電解原料ブリキ屑輸入第一号の棚卸数量が原告の公表決算における棚卸し額のほかに、昭和三〇年四月一日現在において一五〇トン九九二キログラム、昭和三一年三月三一日(昭和三一年四月一日)現在において六二トン九四〇キログラム存在し、これが昭和三二年三月三一日現在零に帰したものとして損益計算を行ない算出される所得額の範囲を超えて原告の所得額を認定した限度においてこれを取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

1  主文第一項同旨。

2  原告に対する昭和三〇年四月一日から昭和三一年三月三一日までの事業年度以降の青色申告書提出承認の取消処分につき、昭和三六年三月二八日付で審査請求を棄却した被告の決定を取り消す。

3  訴訟費用は、被告の負担とする

二、被告の申立

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする

第二、原告の請求原因

一、原告は、薄鉄板に錫を鍍金したブリキ板屑を錫と鉄屑とに電気分解してこれらを販売することを業とする会社であるが、原告の昭和三〇年四月一日から昭和三一年三月三一日までの事業年度(以下昭和三〇事業年度という。)の所得を金二一、五三二、一〇八円、昭和三一年四月一日から昭和三二年三月三一日までの事業年度(以下昭和三一事業年度という。)の所得を金一七、三七一、三三一円とする所轄神田税務署長の認定を不服として、いずれも、昭和三四年一〇月二八日付で被告に審査請求をしていたところ、ともに昭和三六年三月二八日付で被告から審査請求を棄却する旨の決定を受け、これらの決定は、いずれも同月三〇日原告に通知された。

原告はまた、同税務署長が昭和三〇事業年度以降の青色申告書提出の承認を取り消したのを不服として昭和三四年一月二八日付で被告に審査請求をしていたところ、昭和三六年三月二八日付で被告から審査請求を棄却する旨の決定を受け、この決定は同月三〇日原告に通知された。

二、しかし、所得の認定に関する被告の昭和三六年三月二八日付の各審査決定には、次のような違法がある。すなわち

(1)  原告は、電解用の原材料として、内地産のブリキ板屑(内地一号、同二号、同三号と呼んでいた。)のほか輸入もの(輸入一号と呼んでいた。)を使用していたが、輸入ものは、海外市況の影響による価格の変動が大きく、このため、原告の事業の経営が不安定であるところから、その対策として、昭和二六年頃より、輸入ものの仕切重量単位であるロングトン(一〇一六キログラム)を公表決算においてはメトリツクトン(一〇〇〇キログラム)で受け入れ、その差額一六キログラムに相当する原材料とこれに基づく売上げ高(従つてこの売上げに基づく利益)を公表決算に計上しないこととしていた。このため、各事業年度の期首には、公表棚卸し原材料のほかに、簿外の繰越し原材料(輸入一号)が存在し、この繰越し原材料の額は、後に述べるような算出根拠から、昭和三〇事業年度期首において一五〇トン九九二キログラム、昭和三一事業年度期首において六二トン九四〇キログラムであつたと推算され、昭和三二事業年度期首においてこれが零に帰している。従つて問題の両事業年度における簿外売上げに基づく簿外利益は、当該事業年度中の簿外の仕入原材料のみに基づくものではなく、各年度の期首において存在していた簿外の繰越し原材料が、それぞれ、当該事業年度における簿外利益の発生に寄与しているものといわねばならない。そこで、各事業年度における簿外利益を含む原告総所得を算出するには、各事業年度の期首、期末に、それぞれ、公表の棚卸し原材料のほかに簿外の原材料が存在することを前提として損益計算を行ないこれを算出しなければならない。ところが、被告の審査決定では、簿外の別口利益が、昭和三〇事業年度において金一〇、五〇一、三五六円、昭和三一事業年度において金九、〇七四、五〇九円存在するとし、これを単純に公表決算における所得に加算する方法により原告の総所得を算定しており、公表決算の各事業年度期首棚卸し原材料の額に前述の簿外の繰越し原材料の額を加算して損益計算を修正し総所得を算出する方法をとつていないのであるが、この方法により総所得を算出するときは、その額は被告の認定額を下廻ることは明らかである。従つて、問題の両事業年度における原告の総所得額を確定した被告の審査決定は、公表決算における棚卸し額のほかに、簿外の繰越し原材料が昭和三〇事業年度期首において一五〇トン九九二キログラム、昭和三一事業年度期首において六二トン九四〇キログラムあり、昭和三二事業年度期首においてこれが零に帰したものとして損益計算を修正される所得額の範囲を越えて原告の総所得額を認定した限度においては、違法として取消しを免れない。

(2)  各事業年度期首における棚卸し原材料の額は、次のような根拠に基づき算出されたものである。すなわち、原告の昭和三一事業年度期末における棚卸し原材料の額(正確には、棚卸し原材料の額を電解分離後の製品の額との合算額)は公表決算に掲げたとおり一五七トン二〇〇キログラムであり、このうちには輸入一号は含まれず、しかも簿外の棚卸し額も零であつて、この事実は、原告が簿外利益につき起訴された際、係り検事によつて公認されたところであるので、これを基準として逆算すれば各事業年度期首における繰越し原材料の正確な数額を算出し得るはずである。そこで

A まず、各事業年度における公表の仕入原料の額に、この額のうちに含まれる輸入一号一トンにつきロングトンとキロトンとの差額に相当する数量(前述のように、両単位の名目上の差額は一トンにつき一六キログラムであるが、実数額がそれだけあつたかどうかは実証されておらず、刑事事件の係り検事はこの差額を一トンあたり一三キログラムと認定したので、本計算においては、原告も、差額数量として、検事の公認した右の数字を採用した。)を加算して算出した当該事業年度中の仕入原材料の総額を算出し、

B 次に、各事業年度における公表の売上げ高に係り検事の公認する簿外の売上げ高を加算し当該事業年度中の総売上げ高を算出し、

C さらにAの数額に検事の公認する目減り量一〇〇分の一(原告は公表決算においては仕入の目減量を一〇〇分の一・三と計算したが本計算では係り検事の公認の数字を採用した。)を乗じて仕入の目減量を算出し、

期首繰越し原材料の総額=期末原材料の額+B−(A−C)

の方式で逆算すれば、各年度期首における、簿外の繰越しを含む繰越し原材料の総額を算出することができる。かような方法で各年度期首における繰越し原材料の棚卸し額を算出したものが本判決末尾添付の別表「原告主張額」欄の記載であるが、右数式を別表の数字(原材料、製品のトン数を現わす。)にあてはめて示せば、

Aは昭和三〇事業年度については

昭和三一事業年度については

Bは昭和三〇事業年度については

6383.978+134.578=6518.556

昭和三一事業年度については

6723.268+112.363=6835.631

Cは昭和三〇事業年度については

昭和三一事業年度については

となる。そこで、

昭和三一事業年度期首における繰越し原材料の総額は、

157.200+6835.631−(6817.778−68.177)=243.230

昭和三〇事業年度期首における繰越し原材料の総額は、

243.230+6518.556−(6548.741−65.487)=278.532

従つて、結局

昭和三〇事業年度期首における簿外の繰越し原材料の額は、

278.532−同事業年度期首公表繰越し原材料額127.540=150992

昭和三一事業年度期首における簿外の繰越し原材料の額は、

243.230−昭和31事業年度期首公表繰越し原材料額180.290=62.940

となる。

なお、電気分解の過程における目減りの量は、実際上零と考えて差支えないので、棚卸し数額の算出に際しては、分解前の原材料と分解後の製品とを区別する必要はなく、以上の計算においては、期首、期末の棚卸し額の算出については、原材料の数額と製品の数額とを合算した。

三、青色申告書提出承認の取消処分に関する昭和三六年三月二八日付の審査決定にも、次に述べるような違法原因がある。

(1)  青色申告書提出承認の取消要件については、法人税法第二五条第八項第一号ないし第五号に規定があるが、このうち第一号ないし第三号はその本質的要件であり、第四号、第五号は付帯的要件と解される。この本質的要件は、さらに複式簿記の原則による帳簿組織自体を対象とする形式的要件と、その処理が企業会計原則たる真実性の原則によつて行われているかどうかを問題とする実質的要件とに分類することができる。そして、同項第三号は、まさにこの実質的要件を定めたものであつて、そこにいう「取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載する等当該帳簿書類の記載事項の全体について、その真実性を疑うに足りる不実の記載があること」というのは、取引の隠ぺい、仮装が企業会計原則の真実性の原則によつて到底許容されないと認められる程度に達した場合を指すものと解さねばならない。ところで、企業会計原則における真実性とは、一般に絶対的真実性ではなくて、相対的真実性であれば足りると解されており、比較的軽徴な非違で、それが企業の営業成績又は財政の全貌を判断する上において微細な欠点にすぎないと認められるものは、真実性の原則の実践上看過さるべきものとされている。以上のことに、青色申告制度が、本来、法定の帳簿組織を備える納税者に税法上の種々の特典を付与することによつて、適正な申告と合理的な更正、決定を可能ならしめ、申告納税制度の健全な育成を期するための実践的な制度であることを考え合せれば、「帳簿書類の全体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載」というのは、隠ぺい仮装等の不実記載が複式簿記の原則による帳簿組織を、形式的にも実質的にも破壊するような重大性を有し、爾後この承認を継続することが、青色申告制度を認めた目的に反すると認められるような場合を指すものと解すべきである。換言すれば、単純な仮装隠ぺい行為による故意事実があつたとしても、それが帳簿組織全体に影響を及ぼすものではなく、単なる更正決定によつて全体の真実性が保持せられるような場合、すなわち仮装隠ぺいの不実記載が一科目のみについて行われ、他の大部分の科目は複式簿記の原則により明瞭かつ整然と記帳されている場合には、この程度の不実記載をとらえて、青色申告書提出承認を取り消すことは許されないものというべきである。

(2)  ところで、被告の認定によると、原告は、係争各事業年度の法人税確定申告において、その備付け帳簿書類に次のような仮装隠ぺいを行つていたというのである。

昭和三〇事業年度 昭和三一事業年度

(イ) 受入利息等計上洩れ

金 八六四、五七五円 金一、六四四、一五六円

(ロ) 戻り利息計上洩れ

金 三七、七三〇 金 五四、三八五

(ハ) 架空支払利息、割引料否認

金 一九一、一五六 金 一一五、四六〇

(ニ) 雑収入計上洩れ 金 五〇〇、〇〇〇

(ホ) 売上げ計上洩れ

金九、六五七、八九五 金八、一五一、〇〇八

(ヘ) 減価償却超過

金 八四五、四八〇 金 七一六、八二五

しかし、このうち(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ヘ)の取引は、いずれも、金額が僅少で、(ロ)は銀行借入金の金利引下げに伴う戻り利息の受入を怠つたもの、(ハ)は被告指摘の別口売上を別口預金とし、これを手形割引の担保に供したことによる割引料の返還分であり、(ニ)は既往事業年度に不渡手形を不良債権として消却したのが、その後債務者との示談で一部返済を受けたものである。(ヘ)は電解設備について、濃塩酸を使用するため腐触度が急激なので、法人税法施行細則別表一による第三一八項錫鍍金設備中白酸洗装置の耐用年数九年をしんしやくして、耐用年数を一〇年として計算したことに基づくもので、固定資産の償却に対する見解の相違に基因するものである。従つて、以上は、その発生原因、会計手続の内容が、原告会社の事業成績及び財政状態の実際から判断して、帳簿書類の全体についてその真実性を疑うに足りる不実行為として採り上げる資格のない事項である。ただ、いささか問題となるのは、売上げ金の一部を別口預金として簿外整理し、数事業年度継続して決算の対象外とした(イ)及び(ホ)の事実である。しかし、これは、前述のように、原告の事業が輸入原料に依拠するという特種事情から、対外市況の変動により将来発生すべき偶発的損失に備えて好況時の利益を留保し、銀行債務の担保に利用すると共に、事業年度間の利益の調節を図るためにやむを得ずとられた処置である。しかも右の事実は、原告の採用する複式簿記の全体組織からは、売上げ金とその相手科目たる銀行預金との二科目のみに関連する事項であり、隠ぺいした売上げ金を損益計算書の売上げ金に加算し、別口預金の額を貸借対照表の預金の項に加算するだけで、全体の真実性が保持されるから、この不実記載によつて複式簿記の原則による帳簿組織が実質的に破壊されるというものではない。かかる場合、申告義務違反として処罰の対象とするは格別、青色甲告書提出承認の取消しは、本来、不正行為を処罰する趣旨のものではないから、原告の前記所為につき、重加算税を賦課し、逋脱犯として告発した上、さらに右取消処分を行ない、青色申告にかかる特権を剥奪した被告の処分は、実質上同一行為につき、二重にも三重にも処罰するものと異ならず、憲法第三九条の立法精神に反するものである。

また、被告は、原告の右不実記載が法人税法第二五条第八項第一号にも該当するというが、原告の消極的不実記載は、複式簿記の原則による帳簿組織(法人税法施行細則所定の)に牴触する欠陥ではなくて、真実性の原則の適用たる会計手続だけの問題であるから、複式簿記の原則による帳簿書類の組織体系上の不備を規定した第一号の場合に当らないことは明らかである。青色申告書承認の取消処分を是認した被告の審査決定は、以上のような理由により違法である。

(3)  仮りに、原告の行為が青色申告書提出承認の取消要件に該当するとしても、原告は、昭和三四年五月二六日隠ぺいしていた売上げ金による利益を法人税法第二四条によつて修正申告し、所轄税務署長もこれを受理しているのであるから、右の不実行為は公法上完全に掃拭されており、爾後、これを理由に承認を取り消すことはできないはずであるのに、所轄税務署長による承認の取消処分は、その後である昭和三四年六月三〇日に行なわれているので、右処分、従つてこれを是認した被告の審査決定は、この理由からも、違法である。

第三  被告の答弁及び主張

(請求原因一、二の事実に対する答弁及び主張)

一、請求原因事実一は認める。同二の(1)(2)のうち原告がその主張のような電解原材料を使用していたこと、輸入一号の仕入重量単位であるロンクトンとメトリツクトンの間に原告主張のような差額があること、被告が、係争各事業年度において、それぞれ、金一〇、五〇一、三五六円、金九、〇七四、五〇九円の簿外別口利益が存在するものとして、これを公表決算における所得に加算して原告の総所得を算定したこと、その際、公表決算の各事業年度期首棚卸し原材料の額に原告主張の簿外繰越し原材料なるものの額を加算して損益計算を修正する方法をとらなかつたこと、以上の事実は認めるが、そのほかの事実は争う。

被告は、両事業年度の公表決算における所得金額(昭和三〇事業年度金八、三六四、七〇〇円、昭和三一事業年度金七、一四九、八一二円)に、それぞれ、前述の簿外別口利益金額及び青色申告提出承認の取消しに伴う加算金額を加算するほか所要の加減を行なつて原告の総所得を、昭和三〇事業年度につき金二一、五三二、一〇八円、昭和三一事業年度につき金一七、三七一、三三一円と認定したものであつて、簿外別口利益を公表所得に加算しながら、原告主張のような棚卸し額の変動に伴う損益計算の修正を行なわなかつたのは、次のような理由から、各事業年度期首には原告主張のような簿外の繰越し原材料なるものは存在せず、各事業年度の簿外の別口利益は、もつぱら、当該事業年度中に仕入れられた簿外の原材料の売上げに基づくものと認めたことによるものである。

すなわち、原告は、被告の調査に当つて、棚卸し原材料の数量は、毎決算期に際し、実地看貫に基づき実地棚卸しを実施し、正確な数量を把握しているから、公表決算に掲げたものは正確であると陳述し、被告の係員がこの陳述に基づき調査したところ、その正しいことが確認されたので、問題の簿外別口利益は、当該年度中の簿外仕入れに基づき生じたとの合理的推認が行われるに至つたのである。

なお、原告の主張によれば、昭和三〇事業年度中に簿外の繰越し原材料は最大限度八八トン〇二五キログラム、昭和三一事業年度中に六二トン九四〇キログラムだけ原料として使用されたこととなるが、これらの事業年度の総仕入高(昭和三〇事業年度六、五一四トン九〇六キログラム、昭和三一事業年度六、七八三トン七一一キログラム)に対する割合は、昭和三〇事業年度において一・三〇%、昭和三一事業年度において〇・九二%に過ぎない。ところで、原告会社がこのような原材料の輸入を委託している訴外商社と外国商社との間の輸入契約においては、輸入数量に対し二%の範囲内における過不足についてはクレームの対象とされておらない(このことは、内地ものの取引についても同様と思われる。)ところから見ても、前記八八トン余の簿外原材料は昭和三〇年事業年度中に、同六二トン余の簿外原材料は昭和三一事業年度中にそれぞれ発生したものと解される。従つて、各事業年度の期首には原告主張のような簿外の繰越し原材料は存在せず、簿外の別口利益は、もつぱら、各事業年度中の簿外仕入れの原材料に基づくものと認めてなんらの不自然がない。このことからも被告の認定の正当性を裹付けることができる。

以上のとおり、被告は、その指摘にかかる簿外別口利益は、各事業年度中に仕入れられた簿外原材料に基づくものと主張するものであるが、仮りに、この主張が認められないとすれば、原告主張のような算式と基礎数字とに基づいて各事業年度期首における簿外繰越し原材料の数額を算定することが合理的であることについては、強いて争わない。

(請求原因事実三に対する答弁及び主張)

原告主張事実のうち、所轄税務署長が原告のかかげる(イ)乃至(ヘ)の仮装隠ぺいを理由として青色申告書承認の取消処分をし、被告が審査決定においてこれを是認したこと、右取消処分が原告の修正申告後に行われたこと、以上の事実は認めるが、そのほかの点は争う。

(1) (イ)乃至(ヘ)の仮装隠ぺいのうち(イ)すなわち「受入利息等計上洩れ」は、原告が昭和三〇年四月一日現在の期首に有していた別口資産金二二、五八四、五八九円(うち、金一五、一二三、二六七円は時効完成による非課税分、残りの金七、四六一、三二二円は従前の年度における課税の際に計上ずみ。)のうちより預けられていた預貯金の利息、割増金及び貸付信託の収益等である。(ロ)すなわち「戻り利息計上洩れ」は、銀行よりの借入金利子の利率が借入後引き下げられたことにより、その差額が返戻された戻り利息である。(ハ)はすなわち「架空支払利息、割引料否認」は、手形の割引料として実際に支払つた額と過大な計上額との差額である。(ニ)すなわち「雑収入計上洩れ」は、既に帳簿上貸倒れとして償却されていた債権が復活回収されたものである。(ホ)すなわち「売上計上洩れ」は、売上金額の脱漏で、原告はこれを運用資金に流用したり、別途の他人名義の普通預金や無記名預金としていたものである。(ヘ)すなわち「減価償却超過」は、国税庁長官の法定の耐用年数によらないことの承認を受けないで、法定耐用年数以下の期間を恣に耐用年数に採用して、電解設備の減価償却額を算出した原告の計算とその正当な減価償却額との差額である。

原告は、(ロ)、(ハ)、(ニ)は軽微であつて、青色申告書提出承認の取消事由に該当しないというが、これら利率の変更、貸倒れ損の復活等は、何人も気付くはずの事項で、悪意のない限り当然利益に計上さるべきものである。また、(ヘ)についても減価償却率について法定耐用年数によらない場合は、国税庁長官の承認を要することは周知の事実であるから、単なる見解の相違として不問に付さるべきものではない。

(2) 原告は、以上のように各種の科目にまたがり仮装隠ぺいを行つており、これらの行為が法人税法第二五条第八項第三号に該当し、ひいては同項第一号にあてはまることは明らかであるばかりでなく、その程度を資本金額及び申告利益額と対比してみると、昭和三〇事業年度においては、資本金二、五〇〇、〇〇円、申告利益金八、三六四、七〇〇円に対し、別口利益金一〇、五〇一、三五六円、昭和三一事業年度においては、資本金三、〇〇〇、〇〇〇円、申告利益金七、一四九、八〇〇〇円に対し、別口利益金九、〇七四、五〇九円であつていずれも別口利益の金額は巨額に上り、申告利益より脱漏額の方が多く、資本金の数倍の利益を脱漏していたことになり、その行為の態様及び違反の程度は悪質であつて、青色申告書提出承認の取消処分には、なんらの違法はない。

(3) 企業会計原則における真実性の原則に関する原告の所論は、企業会計原則にいう真実性の原則を曲解したものである。すなわち、企業会計原則における真実性の原則において、客観的、絶対的な真実は要求されず、主観的、相対的な真実で足りるとされていることは、原告主張のとおりであるが、しかし「主観的」といつても、それは企業者の恣意性を意味するものではなく、企業者の健全な意見と判断とを基礎とすべきことを意味するに過ぎない。このことは、企業会計原則の一般原則の第二原則「企業会計は、全ての取引につき正規の帳簿の原則に従つて正確な会計帳簿を作成しなければならない」及び同第七原則「株主総会提出のため、信用目的のため、租税目的のため等種々の目的のために異なる形式の財務諸表を作成する必要ある場合、それらの内容は信頼し得る会計記録に基づいて作成されたものであつて、政策の考慮のために事実の真実な表示をゆがめてはならない」等から明らかである。まして、企業会計原則が、企業の合理化、課税の公正化、証券投資の民主化、産業金融の適正化等の合理的な解決のために設定されたものであることを考慮すれば、原告の主張するように売上の一部を隠ぺいし別途に積み立てることがなんら真実性の原則に反しないと解する根拠はどこにもない。

そもそも、青色申告制度本来の趣旨は、納税義務者の自主的申告により租税債務を確定せしめる申告納税制度を一歩進めて、一定の条件(法人税法第二五条第二、三項)をみたした法人につき、青色申告法人として種々の特典を付与することにより適正な納税が行われることを期待した制度である。従つて、この制度は、帳簿書類の記帳の正確性すなわち信頼すべき記帳を当該法人が実施していることが前提であり、その意味においては、課税官庁と納税義務者との信頼関係を基礎にしているものということができる。それ故、この信頼関係を裏切るような記帳を行つた法人は、青色申告制度存続の実質的要件を欠くものとしてその承認を取り消されてもやむを得ないところである。もつとも、信頼関係を破る程度如何によつては取消権の行使が制限される場合もあろうが、本件の場合、原告は右にいう信頼関係を裏切るような行為をし、しかもその程度は前述のとおり軽微なものということはできない。

なお、青色申告制度が継続的関係であることを考えれば、過去における原告の記帳の不正確も考慮されて然るべきところ、原告は、昭和二八年の事業年度にも売上除外による別口預金が発見され、それについて更正処分を受け、さらに重加算税も課せられており、すでに一度警告がされているのに、なおその非違を改めないで、係争年度においても同様の行為を繰り返したことは、金額の大小及びその態様の問題を除外して考えても、当然信頼関係を将来につなぐことを不可能ならしめたものといわねばならない。

また、原告は、別口売上金を別口予金として決算外に留保したのは、輸入原材料の対外市況変化に備えて利益を蓄積するためであり、かくして生じた別口売上げを損益計算書の売上げに、別口預金を貸借対照表の預金にそれぞれ加算する単純な処理によつて帳簿全体の真実性が保たれると主張するが、利益蓄積のためには、各税法に定められた諸種の引当金、準備金の法定制度にしたがうべきで、納税者の恣意的判断に委ねられるべきものでないのみならず、前述のように、本件の場合売上脱漏等による金額を単に記帳金額に加算することによつて記帳全体の正確性が維持されると解することも到底できない。

(4) 原告は、修正申告によつて本件不実行為は公法上完全に掃拭されたと主張するが、原告の修正申告は、青色申告書提出承認の取消しを予知した上でなされた不実行為の自白に外ならず、これによつて、不実記載があつたという事実まで補正されるものでないばかりか、原告の修正申告自体が不正確なものであつたから、被告が修正申告にかかわらず帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載があると認定したのであつて、なんら違法はない。

第四  被告の主張に対する原告の答弁及び反対主張

係争各事業年度における原告の公表決算利益金額がそれぞれ被告主張の額であること、各事業年度期首に原告主張の簿外の繰越し原材料が存在せず、青色申告書承認の取消しが正当であるとすれば、両事業年度における原告の総所得が被告の認定額となること、被告がその主張のような認定根拠から各事業年度の簿外別口利益がそれぞれ当該年度中に仕入れられた簿外の原材料に基づき発生したものと推認したこと、輸入原材料につき二%の範囲内の過不足がクレームの対象とされていないこと、以上の事実は認める。しかし、

(1)  輸入原材料につき二%の範囲内の過不足がクレームの対象とされていないということだけでは、契約数量よりも、実数量が二%だけ不足する場合も考えられるわけであるから、これからして、二%以内の増加分が当然に係争事業年度中に生じたと推認することは合理的でない。また、原材料の受入は実地看貫によつている点からいつても、この点に関する被告の主張は正当でない。

(2)  被告は、原告の資本金額、申告利益と別口利益とを対比することによつて、本件青色申告書提出承認取消処分の適法性を理由づけようとしているが、法人税法第二五条第八項第一号、第三号の取消要件は、帳簿組織、会計手続の整備問題で、別口利益の多寡と直接関係するものではない。のみならず、原告は、二重帳簿を作成したのではなく、単に売上げ金の一部を別口預金としたに過ぎないから、その行為の全決算に及ぼす重要性を判断するには、(一)総売上げ金に対する別口売上げ金の比、(二)総利益に対する別口利益の比、(三)申告利益に対する別口利益の比等を比較してこれを判断すべきであり、これによれば次のとおりである。

昭和三〇事業年度 昭和三一事業年度

(一)  売上げ金の比 四% 二・五%

(二)  総利益との比 二四% 二五%

(三)  申告利益との比 五二% 四八%(別口利益は、別口売上げより、売上原価、総経費を売上数量によつて按分した額を差し引いた額で、昭和三〇事業年度は金四、四〇五、五二七円、昭和三一事業年度は金三、四五七、三二九円である。)

しかるに、被告は、別口売上げを純利益と誤認して別口利益を算出し、これを資本金、申告利益と対比したのは、ずざんな判断といわねばならない。

なお、原告が修正申告をしたのは青色申告書提出承認の取消しを予知した自白行為である云々の主張をしているが、青色申告書提出承認の取消し処分は、行政罰または行政犯のように、ある行為の責任を追及して加罰することに目的があるわけでないから、一定の事実があることによつて当然にその承認を取り消すべきものではなく、その事実があることによつて爾後の青色申告書提出承認を継続することの障害となるかどうかを裁量判断してこれを決すべきものと解するのが法の趣旨にそうゆえんである。従つて、原告の修正申告をした動機がどこにあろうと、原告が修正申告によつて簿外預金の全部を申告し、申告納税上の義務を完全に履行した以上、青色申告書提出承認を取り消すかどうかを決定する場合に、これらの事実を加えて原告の帳簿組織と会計手続の実際が複式簿記の原則に照らして青色申告最提出承認の取消要件に該当するかどうかを判断すべきことは当然である。しかるに、原告の修正申告は青色申告書提出承認の取消しを予知した行為であるから、取消しの可否に関連がないとして、原告の青色申告書提出承認を取り消したのは、売上げの一部を隠ぺいしたという不正事実のみを眼中におくものであつて、青色申告書提出承認の取消しを名自に、実質上処罰したのと異ならず、かかる被告の見解が憲法第三九条に照らし正当でないことは明らかである。

第五、証拠関係≪省略≫

理由

第一  所得の認定に関する各審査決定の適否について

公表決算上の期首棚卸し原材料額のほかに原告主張の簿外の繰越し原材料額が存在せず、かつ青色申告書提出承認の取消しが適法であるとすれば、係争各事業年度における原告の所得が被告主張の額となることは、原告の争わないところであり、青色申告書提出承認の取消しが適法であることは後に判断するとおりであるから、争点は、結局、係争各事業年度の期首に原告主張のような簿外の繰越し原材料が存在していたかどうかということにあることになる。

そこで、証拠により事実関係を検討してみると、(証拠―省略)に当事者間に争いのない事実を合せ考えれば、被告庁において係争両事業年度の法人税につき原告会社に対し査察を実施した結果、各事業年度において簿外預金の形で、会社の正規の帳簿によつては説明のつかない純資産の増加があることを発見し、会社関係者についてその発生原因をただした際、会社代表者竹内信弘、経理担当の取締役竹内信次及び工場長矢矧喜之助らが在庫原材料については、事業年度末ごとに実地棚卸しをしているから、公表数量以外に原材料在庫は存在しない旨を応答したところから、被告係官はこれを信用し、簿外の純資産の増加は係争各事業年度中に仕入れらた簿外の原材断に基ずく簿外の売上げにより生じたものと推認したものであること、その際、右推認を裏付けるために会社関係者の供述を徴すること以外に格別の調査をし、若しくはこれを裏付けるための認定根拠につき検討した事実もなかつたこと、棚卸しの方法についての会社関係者の供述は真実ではなく、実地看貫により棚卸し数量を確定することは実際上不可能であつて公表決算上の棚卸し数額は帳簿上の計算によつたものであること、以上の事実を認めることができる。各認定の妨げとなるような証拠は見当らない。

ところで、各事業年度の期首に公表の棚卸し原材額のほかに簿外の繰越し棚卸し額が存在することを前提として損益計算を行ない所得額を算出するときは、その額は公表決算上の所得額を下廻ることとなり当該事業年度の決算に関するかぎり、簿外の繰越し原材料の存在を主張することが会社にとつて有利であることは明らかであるから、会社関係者が口をそろえて簿外の繰越し原材料の存在を否定している以上、一応、これが存在せず、簿外の利益は当該事業年度中の簿外仕入れに基づく簿外売上げによるものと推認することが合理的であるかのように見えないではない。しかし、証人竹内信次の証言及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、原告会社関係者らは、査察により簿外預金の存在を発見され、気持に動揺を来たしていたおりから、簿外売上げのほかに従前からの繰越し簿外原材料が存在することを主張するときはいつそう悪質な逋脱者と認められるおそれがあるばかりか、従前の決算にも影響を来たすことともなると考え、簿外の繰越し原材料の存在を告白してよいかどうかたゞちに判断がつかなかつたため、遂にこれを告白するに至らなかつたものと認められる。してみると会社関係者らの不実の供述を信用したという以外に、格別の裏付け調査や裏付けのための認定根拠につき検討することをしなかつた被告の推認方法が基礎はく弱なものであることは否定し得ないところである。

もつとも、被告は、輸入原材料につき二%以内の過不足がクレームの対象とならないことをもつて、被告の推認の合理性を裏付ける一つの根拠としているが、そのことだけでは、契約数量よりも、実数量が二%だけ不足する場合も考えられるわけであるから、このことから、二%以内の増加分が当然係争事業年度中に生じたと推認することは合理的でないことは原告主張のとおりである。

以上に判断したように、問題の簿外利益がもつぱら当該事業年度中に仕入れられた簿外の原材料に基づくものとする被告の推認が合理的基礎を欠くものであることは明らかであるが、そればかりでなく証人竹内信次の証言によれば、原告会社では、昭和二六年頃から原材料であるブリキ屑輸入一号の仕入れに当り、ロングトンにより契約されたものをメトリツクトンによるものとして会社帳簿に受け入れ、これによつて一トンにつき単位の名目上の差額一六キログラム(但し、差額実数が同額であつたことを意味するものではない。)に相当する原材料とこれに基ずく売上げ高を公表決算に計上せず、このため簿外の繰越し原材料が存在するに至つていた事実を認めることができる。この事実に被告の争わない各事業年度中の簿外売上げの額(別表「原告主張額」の欄に掲げるとおり昭和三〇事業年度については一三四トン五七八キログラム、昭和三一事業年度については一一二トン三六三キログラム)と簿外仕入れの額(昭和三〇事業年度については二六三六トン五七二キログラムと二六〇二トン七三七キログラムとの差額三三トン八三五キログラム、昭和三一事業年度については二六五四トン六六一キログラムと二六二〇トン五九四キログラムとの差額三四トン〇六七キログラム)との間に相当の開きがあることを考え合せれば、問題の簿外利益が各事業年度中に仕入れられた簿外の原材料のみに基づき生じたとする被告の認定は到底合理的推認として成り立ち得るものではなく、かえつて各事業年度の期首に簿外の繰越し原材料が存在し、これが期中に仕入れられた簿外の原材料とともに被告主張の簿外利益の発生に寄与しているものと認めることが合理的であるといわねばならない。

してみると、簿外の原材料が存在しなかつたとする被告の主張が認められないとすれば原告主張のような方式と基礎数字とに基ずいて各事業年度期首における簿外の繰越し原材料の数額を算出することが合理的であることについては争いのない本件においては、原告主張のとおり、各事業年度期首には、それぞれ一五〇トン九九二キログラム、六二トン九四〇キログラムの簿外繰越し原材料が存在し、昭和三二事業年度期首においてこれが零に帰しているものと推認せざるを得ない。そして、公表決算における棚卸し原材料のほかに、これだけの簿外の繰越し原材料が存在するものとして損益計算を修正して原告の所得を算出すれば、その額が被告の認定額を下廻ることも疑いをいれないところである。

従つて所得の認定に関する被告の各審査決定は、公表決算における期首棚卸し原材料のほかに、各事業年度期首において、それぞれ一五〇トン九九二キログラム、六二トン九四〇キログラムの簿外繰越し原材料(輸入一号)が存在し、昭和三二事業年度期首においてこれが零に帰したものとして損益計算を行ない損出される所得額の範囲を越えて原告の所得額を確定した限度においては、違法として取消を免れないこととなる。

(なお、原告の申立1のような訴の適否につき付言するに、当裁判所の見解によれば、所得額の認定に関する課税処分の取消訴訟の認定に関する課税処分の取消訴訟は、民事訴訟における債務不存在確認訴訟とは趣きを異にし、必ずしも租税債務の額を直接確定することを目的とするものではなく、むしろ、所得額の認定方法が合理的と認められるものであるかどうかを争うことを主眼とするものと解される。この見地からすれば、所得額の認定方法がいずれかの点で不合理な要素を含み、この不合理を除去して、あらためて合理的な方法により所得を算定すれば、その額が課税庁の認定額を下廻ると認められる場合に、たとえ、その不合理を除去し合理的な認定方法がいかにあるべきかを確定しただけでは、ただちに所得額を最終的に算出することができない場合でも、合理的な認定方法がいかにあるべきかを確定し、課税庁がこれに拘束されてあらためて所得額を算定しなおさなければならない拘束力を惹起するかぎりにおいて請求は特定しているものと解し得るのみならず、その限度で紛争の実際的解決にも役立つものであり、原告がかような確定を訴求する利益を有することは否定し得ないところである。他面、かような訴を認めることによつて、訴訟手続において判断の対象とすることが必ずしも適当でない、はんさな計算上の問題や会計処理上の問題を一応訴訟の対象外とすることによつて、簡易迅速に実際上の目的を達し得ることともなるので、かような訴の適法性を否定すべき理由はないといわねばならない。)

第二  青色申告書提出承認の取消処分に

関する審査決定の適否について

この点についての被告の見解は、すべて当裁判所の是認するところである。原被告双方の見解の分れ目は、原告は帳簿書類の記載につき特定の科目において若干の隠ぺい仮装等がある場合でも、他の大部分の科目について複式簿記の原則に従つた整然かつ明瞭な記載があり、当該科目に単純な付加修正を加えるだけで容易に帳簿記載の全体的真実を回復することができると認められるような場合には、法人税法第二五条第八項第三号の取消要件に該当しないと解すべきであるとするに対し、被告は、帳簿書類の記載内容それ自体で企業の営業成績の真実を把握するに足りる程度の、誠実かつ信頼に値する記載があるかどうかを基準としてこれを判定すべきであるとすることにあるものと解される。しかし青色申告制度は、納税義務者の自主的申告により租税債務を確定する申告納税制度の健全な発展のためには納税義務者がそれによつて自己の所得を算定し得る正確な帳簿と記録を備え付けることが基本的かつ不可欠な要件であるところから、かゝる帳簿組織の備え付けを普及するため、法規の定めるところに従い誠実かつ信頼性のある記帳をすることを約した納税義務者には、青色申告書を提出することを認め、これに対して種々の特典を付与することとしたものであり、従つて、承認を受けた納税義務者の記帳が、その約に反し、形式的又は内容的に誠実性と信頼性とを欠き、その結果備付けの帳簿書類によつて正確な所得を算出することが不可能と認められるに至つたときは、承認を取り消されることとなつても、やむを得ないところであり、この意味において、被告の右所論は正当というべきである。

これを本件についてみると、原告が昭和三〇事業年度の確定申告において、その備付帳簿に次のよう各科目につき記載の脱洩過誤のあつたことは、当事者間に争いのないところである。

(一)  受入利息等計上洩れ 金八六四、五七五円

(二)  戻り利息計上洩れ 金三七、七三〇円

(三)  架空支払利息、割引料否認 金一九一、一五六円

(四)  売上計上洩れ 金九、六五七、八九五円

(五)  減価償却超過 金八四五、四八〇円

しかも、このうち(四)は、原告が輸入原料の仕入に当り、ロングトンによるものをメトリツクトンによるものとして受け入れこれによつて生じる差額を利用して、簿外売上げによる所得を留保しようとしたものであること、(一)は、同様の方法によつて得られた事業年度までの簿外売上高を簿外預金等としたものに対する利息等であること、(三)は、右の簿外預金等を手形割引の担保とすることによつて得られた割引料の返還額であること、(五)は、国税庁長官の承認を受けず、従つて法の許容しない耐用年数を採用したことに基づくものであることはいずれも原告の自認するところであり、これらの大部分が意識的になされたものであることも原告の明らかに争わないところである。帳簿の記載にこれだけの脱洩過誤がある以上、帳簿の記載内容自体を信頼することによつて原告会社の営業成績の真実把握することができないことは明らかである。そればかりでなく、原告が前述のとおり原料の仕入数量を操作して簿外売上げをあげこれを簿外預金としたことは、単に原告主張の売上げ、預金の各科目に影響を与えるにとどまるものでなく、仕入数量、原料在庫高にも当然変動を生ずるものであり、その結果適正な損益計算を不可能ないし著しく困難ならしめるものであるから、原告の主張自体に従つても、この脱洩が青色申告書提出承認の取消し要件に該当しないとはいい得ないこととなる。また企業会計原則における真実性が相対的真実性で足りるとしても、それが売上げの一部脱洩することまで許容するものでないことも被告の主張するとおりである。従つて、原告会社の帳簿に前記のような脱洩過誤があるにかかわらず、なおかつ青色申告書提出承認の取消要件に該当しないとする原告の主張は、いずれの点からみても、到底採用することはできない。

さらにまた、承認取消の要件につき右のような解釈をとり、その結果本件のような場合に、刑罰や重加算税と並んで青色申告書提出承認による恩典を剥奪されるという不利益を課せられる結果となつても、もともと承認の取消に伴う不利益は青色申告制度の適正な運営を確保するために課せられるものであつて、その不利益の性質は刑罰や重加算税とは異なるものであるからこれらと並んで青色申告書提出承認の取消に伴う不利益が課せられることがあつても、それがたゞちに憲法第三九条に違反することとなるものでないことも明らかである。

次に、原告は、被告が原告の前記不実記載が法人税法第二五条第八項第一号にも該当するとしたことは違法であると主張するが、法人税法第二五条第八項の各号の一に該当するだけで青色申告書提出の承認を取消すことができるのであるから、すでに述べたとおり原告に同項第三号に該当する事由が在する以上他の号に該当する事由があるかどうかにかかわらず、原告に対する取消処分は適法であり、従つて本件の場合、原告の不実記載が同項第一号にも該当するとした被告の判断の当否は、本件取消処分の効力を左右するものではなく、これにつき判断する必要がないものというべきである。

最後に、原告は、本件取消処分前に売上げの申告洩れについては修正申告をしたから、これによつて原告の不実記載は公法上掃拭され、従つて、その後に右売上げの申告洩れを理由としてなされた本件取消処分は違法であると主張する。

しかし、青色申告申告制度は、前述のとおり、誠実かつ信頼性のある記帳をすることを約束した納税義務者が、これに基ずき所得額を正しく算出して申告納税することを期待し、かかる納税義務者に特典を付与するものであり、青色申告書提出承認の取消しは、この期待を裏切つた納税義務者対しては、いつたん与えた特典を剥奪すべきものとすることによつて青色申告制度の適正な運用を図ろうとすることにあるものと解すべきである以上、法人の備付帳簿が青色申告制度の趣旨にかなうような信頼性、誠実性、誠実性を備えているかどうかの判断は、確定申告のときを基準としてなされるべきであることは当然であり、このことは、法人税法第二五条第八項第四号の規定の趣旨からも明らかである。もつとも、修正申告の事実をもつて、確定申告のときにおける納税者の記帳の誠実性、信頼性を判断する一の資料とすることが妨げられるものではなく、また後に修正申告があることによつて青色申告制度によせた法の期待が満たされるにいたつたと認められる場合もないではないが、原告の不実記載の態様、程度は前述のとおりであつて、修正申告の事実をもつて、原告の備付帳簿が確定申告の時に青色申告制度の本旨にかなう程度の誠実性と信頼性を備えていたものと認める余地はなく、しかも、右修正申告は、青色申告書提出承認の取消処分のあることを予知したものであることは、原告の明らかに争わないところであるから、これによつて、前述の青色申告制度によせた法の期待が完全に満たされることとなつたと解することも困難である。以上の見解は、青色申告制度の本質、目的よりする当然の結論であつて前述のように青色申告書提出承認の取消に伴う不利益の性質が刑罰等と異なるものであることに、かんがみれば、かような結論をとることが憲法第三九条の趣旨に反するものでないことは、多言を要しないところである。

以上の次第で、神田税務署長のした青色申告提出承認の取消処分を維持した被告の決定は、なんら違法のかどはなく原告の申立ての請求は失当である。

よつて、原告の申立1の請求を認容し、原告その余の請求を棄却することとし、訴訟費用については、民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第三部

裁判長裁判官 白 石 健 三

裁判官 浜   秀 和

裁判官 町 田   顕

別表

昭和30事業年度

昭和31事業年度

公表決算額

原告主張額

公表決算額

原告主張額

期首棚卸高

電解原料

輸入一号

kg

45.500

kg

196.492

kg

99.800

kg

162.740

内地一号

19.800

19.800

47.500

47.500

同二号

40.600

40.600

15.000

15.000

同三号

0

0

9.700

9.700

小計

105.900

256.892

172.000

234.940

製品

21.640

21.640

8.290

8.290

合計

127.540

278.532

180.290

243.240

当期仕入高

当期仕入高

合計

(内輸入分)

6.514.906

(2.602.737)

6.548.741

(2.636.572)

6.783.711

(2.620.594)

6.817.778

(2.654.661)

当期売上高

当期売上高

(内簿外売上高)

6.383.978

(    0)

6.518.556

(134.578)

6.723.268

(    0)

6.835.631

(112.363)

目減

目減

78.173

65.487

83.533

68.177

期末棚卸高

電解原料

輸入一号

99.800

162.740

0

0

内地一号

47.500

47.500

35.300

35.300

同二号

15.000

15.000

8.100

8.100

同三号

9.700

9.700

0

0

小計

172.000

234.940

43.400

43.400

製品

8.290

8.290

113.800

113.800

合計

180.290

243.230

157.200

157.200

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